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テーマパークの演劇的考察

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この写真を見てすぐにどこだか分かったあなた、マニアですね。
そうです。東京ディズニーシーの写真であります。ちょっと小さいですが、中央に見えているのは飛行機です。あそこは旅客機の通り道になっているらしく、こういう風景は園内のあちこちでしょっちゅう見かけます。なんか絵的にはやはり見えてはいけないものが見えているって感じですね。あれだけお金をかけた施設でこういった光景が見えるのは結構笑えます。

題して「夢が書き割りになる時」です。

私は以前から、テーマパーク=演劇空間であると考えておりましたが、数あるテーマパークの中でも、この東京ディズニーシーは、演劇メディアにとっての「見果てぬ夢」とも言うべき場所であると思います。

東京ディズニーシーは7つのテーマポートで構成され、それぞれ各種アトラクションが配置されておりますが、それとは別にそのテーマポートごとに、演劇関係者が見たらよだれを流すようなハイクオリティの中劇場がいくつも存在します。それぞれの劇場ではテーマポートに沿った舞台が上演されテーマ世界の中核を成していますが、何よりも演劇的に素晴らしいのは、それらの劇場を内包しつつ東京ディズニーシー全体が一つの巨大な劇場空間となっていることです。

「演劇の街」として名高い東京・下北沢において本多劇場グループが現実の生活空間においてそれを目指したように、多くの劇場を内包していながらそれ自体も劇場であるという空間構成を現実世界に築き上げ半永久的に存在させ続けることは、現代の演劇メディアにおいて実現不可能に近い夢の形であり、ある意味、現代演劇の目指すべき最終形態の一つであると私は考えます。
例えば寺山修司の作品を上演する公演によく見られるような、開場と同時に開演させてしまい、観客が席に着こうとしている最中でも舞台や客席通路などで芝居を同時進行させる手法や、唐組のテント芝居における、最後の幕切れの屋台崩しによって舞台上の世界を劇場の外へなだれ込ませたりする手法などは、ひとえに劇空間と現実空間の境界をなくすことに他ならず、その境界をなくすことこそが「劇空間を内包した劇空間」の実現につながります。東京ディズニーシーとはまさにその完成形であると思います。

園内にはただ単にそこかしこに劇場があるわけではなく、7つのテーマポートの一つ一つの世界に分け入っていくうちに、気がつくと「本当にそのテーマ世界に実在する」劇場の中に立たされてしまうという、非常に巧みな空間演出が施されており、贅沢にも、内包している劇場一つ一つを劇場空間の全体を構成する「単なる舞台装置」として成立させています。
また、その「舞台装置」は劇場のみならず、各種の飲食店等の店舗をも含んでおり、大掛かりな建築構造物から動物の鳴き声や火山の噴火などのようなサウンドスケープ、各種照明から単なるごみ箱などに至る全てにおいて、徹底した世界の作りこみがそこに成されています。それらの「舞台装置」全ては演劇的に「劇空間と現実空間の境界をなくすこと」のために存在しており、そのことから考えてもいかに東京ディズニーシーが「劇空間を内包した劇空間」という概念に立脚して設計されているかがよく分かります。
その他に舞台上での出演者だけでなく園内の全てのスタッフを「キャスト」と呼ぶあたりにもその思想の一端がうかがえます。

また、各劇場の内部に視点を移してみても、それぞれの劇場内で上演される各公演すべてが非常に高度な舞台技術や製作技術によって築きあげられており、短時間のうちに観客をそのテーマに基づいた劇場世界の深淵へといざないます。
高度に複雑な3次元ワイヤーアクション、舞台内に設置された飛び込みまでできるプール、大掛かりな滝や降雨装置、CG投影装置、非常に繊細なキューに対応可能な各種発火装置と普通の舞台では見られない高い表現能力を持った各種スモーク装置、巨大でしかも極めて動きの滑らかな大型ロボット、そして、それを1日5回に渡って完璧に演じ上げるキャストの人材の豊富さ、また、あれだけ大規模な装置、照明、音響を完璧に運用できる高度な職能技術を持った舞台スタッフに、それをサポートする支援コンピュータ群・・・裏方も表方も務めた経験から言うと、あの舞台群がいかに凄まじい技術と能力で成り立っているかが本当によくわかり、また同時に、その技術を運用できるだけの人材を半永久的にしかもあれだけの人数を確保・管理を可能とする製作能力にも目を見張ります。
正直私にとっては乗り物のアトラクションなんて二の次でも十分に楽しめます。

以上のことから東京ディズニーシーは演劇的な概念に立脚して成り立っている、非常に興味深く、貴重な劇場空間であると思います。また、演劇が商業的自立を果たしている例としては宝塚歌劇劇団四季のような大規模劇場公演がよく挙げられますが、私はそこに「テーマパーク」を加えてもよいと考えます。
そもそも近年開設されている「テーマーパーク」とは、根本的に演劇的な概念に基づいて建設されていると思いますが、最近、KAKUTAという劇団が浅草の「花やしき」全体を使用して「ムーンライトコースター」という公演を行ったという例(非常に残念ながら見逃してしまいました。)も登場しており、今後ますますテーマパークが演劇メディアにおける商業的成功例として捉えられていくことと思われます。

また、もっと面白い例として、既に閉演してしまった二子玉川の「NAMCO ワンダーエッグ」があります。ここでは「観客にロールプレイを強制する」という、演劇的に非常に興味深いアトラクションが存在していたのですが、これについてはまた別途記事としてまとめたいと思います。

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