図書隊不要論 ~ 図書館戦争 第7話

「美少女」に対する郁のツッコミは、お前もいい年だろうと言いたいw、図書館戦争 状況〇七「恋の情報探索」です。

恋愛のきっかけをつかむのにサプライズはよい手法ですが、柴崎があんなに簡単に引っかかるというのは、意外と彼女もまだまだ年齢通りのお人なのでしょうね。しかし、キレ者で通っているなら、あんな手の込んだ方法で富士山を見せられた時点で、そいつの裏に気づくべきでしょう。そこは女の甘さでしょうか。

しっかし、今回は面白い議論が出てきました。「図書隊不要論」。

いや、あの手塚の兄の図書の自主管理の話はともかくとして、図書隊という組織では現状に対抗できないというは、なかなかに真実を突いていると思いました。実際のところ、その通りだと思います。そもそも、2つの競合する法律が共存できている状態がおかしいのであって、図書隊というのは、そのいびつなダブルスタンダードの産物に過ぎません。メディア良化隊に戦争をしかけて、彼らを物理的に排除するための組織ならともかく、単なる専守防衛が義務づけられていますし、彼らも実質的な戦争を行っているつもりはないのでしょう。第一、図書のために人が死ぬなんてのは、あまりにも滑稽すぎます。しかし、現に殺傷能力のある火器を運用しているわけですから、やはり存在そのものが矛盾に満ちていて、どこか足場がしっかりしていない感じです。

つまり、彼らのよう存在がいない世界で図書が読めるのが理想であり、図書隊が活躍する世界は矛盾でしかない。

ですから、図書隊のような中途半端な組織を使ってとりあえず現状を何とか維持しつつ、その間に、ダブルスタンダードの状況を政治的に打ち砕く必要があるというわけです。その意味から、手塚の兄の言うところは確かに正しいと思います。また、その政治的な目的に対して、図書隊はその担い手にはならないというのも、確かにその通りでしょう。彼らは、法律によって定義づけられた環境においてのみ実行力を発揮することができるため、彼らの存在意義であるところの法律をなくすための行動には、まず出られないでしょう。例によって、超法規的な行動であれば別でしょうか・・・。

このことは、おそらく今後も図書隊を脅かす事実として立ちはだかってくるのではないかと思われます。

しかしながら、手塚の兄の目的はイマイチよく分かりませんね。
あんな風に図書隊に絡んでも、どうにもならないと思うのですが・・・。

まあそれはまたこの後の展開に期待です。

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犬電脳 ~ RD潜脳調査室 第7話

何だかメタルとか関係なしに、普通の探偵ドラマに見えてきた、RD潜脳調査室 第7話「手と手で i am a dog」であります。

安全上の理由から、ペットにもナノマシンを注入して電脳化しているということですが、案の定ペットたちの記憶なんかのメタルが存在していました。でもなんだか、それだとかえって危険な気がしますよね。動物たちの意識がリンクするということを、今回の話では昔持っていた群れの意識がどうとか言ってましたけど、そんな単純な話ではないと思われます。動物たちの本能に基づいた意志がリンクされていくというのは、たとえば、群れを成さずに意識だけで群れを形成することができたり、動物たちには考えられなかった集合意識が生まれるかもしれなかったり、またその意識がメタル内で野生化(笑)するとか、ヘタをすると全く新しい生物を生み出す可能性が考えられ、むしろ逆効果ではないかと。

あ、そういえば、「敵は海賊」シリーズで、野生化したコンピューターが登場しましたね。いや、神林長平という人は、本当に素晴らしいです。

また、犬と人とが同化して、対等の関係になるという話も、なんだかあまりにも現実から思想が解離しすぎてて、妙な感じでした。そんなに動物をあがめ奉る考えはどっからくるのでしょう。まあ昔は犬将軍なんて人がいたくらいですから、私たちの社会や文化にしっかりと存在する思想なのでしょうけど、でも要するに、それで犬が満足するわけではなくて、結局のところ、その思想を求める人たちが満足したいだけですよね。そういうところで、波留の言う「あの子の気持ちは考えられないのか」と言うセリフはしごくまっとうで、へったくれもなく当たり前なことです。

決して相手と自分は、対等でもないし、同化できるものではない存在であるからこそ、そこに友愛があるのです。

私は独身ですが、その理由から、子供の目線に腰を下ろして話すということにはとても反対な立場です。立場の違い、身分の違い、年齢の違い、経験の違いは、腰を下ろしても隠しようのないものであり、むしろ腰を下ろしてしまうことで、ヘンな勘違いを生み出してしまうと思います。もちろん局面によってはそういうことが必要だというのは分かりますが、無条件にそのスタンスを取るというのは取る側のエゴにしか見えません。

今回は、飼い主の人の事件と言うよりも、ダップ自身が主人公でしたね。
飼い主の人は後天性電脳同化症になってしまいましたが、犬との同化を免れたことは、何よりもダップにとって幸せなことだったと思います。

お話の最後に、ゴルゴ13に引用されていた以下の文章を思い出していました。

子供が生まれたら、子犬を飼うといい。
子犬は子供より早く成長して、子供を守ってくれるだろう。
そして、子供が成長すると良き友になる。
青年となり多感な年頃に犬は年老いて、死ぬであろう。
犬は青年に教えるのである。死ぬ悲しみを──。

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姫と女王と ~ マクロスF 第8話

いや、だからね、バジュラがね、つっこんできたのよ、どーんと!・・・がイヤリングなくした言い訳でした(笑)。マクロスFRONTIER第8話「ハイスクール・クイーン」です。

シェリルですが、まあ、ギャラクシーに当分帰れなくなってヒマなのは分かるんですけど、何も学校に乗り込んで来なくなっていいじゃないですか(笑)。職権乱用も甚だしいんですが、アルト目当てってのもあるんでしょうけど、実は意外と孤独な生活なんじゃないですかね。マクロスフロンティアで思いがけずアルトたちと出会って、きっと楽しかったんではないでしょうか。でも、だからといってアレはないでしょうw。地元学生との交流なら、とりあえず全校生徒の前で挨拶するとかあると思うんでけど、そんなのも全部すっ飛ばして、いきなりアルトたちに会うわ、EX-ギアで遊ぶわ、パンツなくすわ、学校のあちこちをぶち壊すわ・・・そういうのは、交流じゃなくて、乱入、と言います(笑)。

実は、ワタクシ、ゼントラーディでパイロットスーツを着た時のクランクランに(何と限定的な)トキめいているらしいのですが(笑)、とはいえ、今回のシェリルはマジかわいかったです。あと、イヤリングの件でシェリルがアルトをやりこめる最初のあたりは、アルトの反応を完全に掌握仕切ってて、逆に悪党っぷりがステキです(笑)。

反してランカの方は、ちゃくちゃくと苦労人の道を歩んで行ってますね・・。

アルトについても仕事についてもシェリルが立ちはだかって、その上、裏がわのほうではなにやらごそごそと動いています。全ては、ランカが遭遇した第117次大規模調査船団の遭難事件が、そこに暗い影を落としています。これは単に目立ってもらわれると困るのか・・・というとそんな感じでもない気がするんですよね。例の紫色のバルキリーとそのパイロットに関しても、なにやらごそごそと動いてますし、なんだかハーモニカ吹いて出てきましたし、いよいよ、まだ何かありそうなランカについてこれから動きがありそうです。

今回最大に吹いたセリフ。

アルト「生々しいんだよお前は!」

それにしても、みんな本当に下着好きですね(笑)。
さすがにあんなに血眼になるのはわからんちんです。

アルトの言うように、たかが布きれ(笑)ではないけど、逆にそれだけ置いてあるのは、生々しすぎてちょっと(笑)。

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紅・恋愛論 ~ 紅 kure-nai 第7話

いろいろ忙しくてなかなか更新できないストレス溜まってます!というわけで1週遅れで、紅 kure-nai 第7話「女」です。

環、以外でしたね。経験豊富な割には、とても純粋なところで悩んでいました。それなら、いちいち何もかも分かった風な口を叩かなければいいと思うのですが、そこは、根が正直で裏表のない人なのでしょう。ですが、有無を言わさない別れ話を持ち出してきたサトシによって、その正直さによって、実は他人を傷つけてしまっている現実を目の当たりにします。

二人のやりとりは実にテンポよく会話が進みますが、でも話はまったく噛み合っていないという、まるで演劇のような見事なシーンでした。サトシという人は、実のところかなり環に合わせていたのでしょうね。彼の言い分としては、もうほんのわずかも環を受け入れることができない。限界を超えたので、とにかくもう勘弁してくれ、という内容でした。それじゃあ、環の方が暴力振るったりして悪かったのかと言えば、暴力はともかく、正直なままの自分で愛されたいという欲求がそこにはあり、とても純粋な心情の人であることが伺えます。

環の暴力を受け入れていたサトシは、それは弱いからではなくて、そんな環を受け入れられるやさしさとそれを支える度量の持ち主なんではないでしょうかね。だからむしろ強い人だったかもしれなくて、環はそれに甘えすぎてたのかもしれません。そう考えると、サトシは、環を愛するにはあまりにもやさしすぎた人なのでしょう。「男って、抜けた感じの、弱そうな女にすぐだまされちゃうんだよね」と環は言いますが、それは、やさしさに甘えずに自ら歩み寄ることでもあるわけで、それはそれで努力の証であると思います。(もちろん、男にとって都合がいいっていう言い方もありますが・・。)

しかしながら、それは自らに対して少し味付けをしたり、表層を作り込んだりして、真の自らを多少隠蔽することでもあります。そんな偽りを作った女が男に受け入れられ、素の自分をそのままさらけ出した環は見事に振られる。恋愛のそんな理不尽さが浮き彫りにされる様が、素晴らしく思いました。

つまるところ、恋愛とは交渉事なのですよね。

だから、真っ向から向かい合うのはとても理想ですし美しいですが、それで成立する交渉って、人生に何度出会うことができるのでしょう・・・?ましてや、そればかりを追い求めるロマンチストにとっては、非常に厳しい世の中であると言わざるを得ません。

環は、本当のところはもっと年上の方がいいと思うんですがね。
サトシくんが、あの性格のままで環より10歳以上年上だったら、素晴らしい恋愛であったかもしれません。


さて、ついに紫ちゃんが発見されました。
九鳳院の方もいよいよ動きだし、次(っていってももう放映済みですが(笑))からは、いよいよ大きな展開がありそうです。

果たして真九郎は、最後に誰を、どのように選ぶのでしょうか。

今は、それがとても楽しみでなりません。

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老人乙!~ 素晴らしきニコニコユーザーども

ニコニコ動画で「老人Z」を見た。
1991年の劇場アニメ。大友克洋原作・脚本、江口寿史がキャラクター原案の隠れた名作。

もちろんアップするのはダメでしょう。
きっとすぐに消されるでしょう。

しかし、この作品のDVDを所有していて、何度となく繰り返し繰り返し見てきた自分が、ニコニコで見てみたら、あまりにも面白くて、再発見があって、そして泣けてきそうになった。

全部、ニコユーザーたちのアニメ愛に満ちあふれたコメントのせい。

みんなで、あのベッドにツッコミを入れ、
じいちゃんをかわいそうといい、
現代の介護について語り、
寺田を罵り、
長谷川をムスカといい(笑)、
あのじいさんたちを「デュアルコアじいさん」(爆)とあだ名し、
いちいちSONYなハードウェアにツッコミをいれ、
Zの変形っぷりに驚き、
モノレールネタに大爆笑し、
そして、いつしかアレが「もうおばあさんにしか見えない」と言い始め、
みんなで叫び、
セル作画のとんでもない出来に歓喜し、
美術のすばらしさを賞賛して、
おばあさんの最後に涙し、
寺田は本当はいいヤツでカッコイイと評価し直し、
最後のオチに大笑いした。

素晴らしいのはエンドロールでの感想と、スタッフを一人一人確認しての驚嘆のコメント。

そうなんですよね。あれって美術設定は今敏だし、神山さんとか、沖浦さんとか、鶴巻さんとか、大友さん本人(笑)とかがみんな作画してた、今考えると超々々豪華作品なんだよね。

セル画って実はすごいんだ。
フリーダムなんてクソだ。
これこそがアニメだ。
「老人ZZ」を作ってほしい(笑)

まったくもって同感だよ。

改めて、ニコニコがどんなところなのか、そして「老人Z」が本当はどんな作品だったのかを再発見したよ。

ありがとう。


それにしても、ニコニコのみんなは本当に、ぬこが好きだよなーw。
ぬこー!の反応っぷりがかわいいのなんの。

ランクインしてしまったので、そのうち速攻で削除されるでしょう。
この体験を味わいたい方はお早めに。

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メタルにできないもの ~ RD潜脳調査室 第6話

RD潜脳調査室、第6話「ラブ・レター if...」です。

RDの世界に存在するメタリアルネットワークですが、あらゆるものを取り込み、保存されていることと思われます。図書や文献なんかはその最たるもので、紙媒体自体は一部を残してほぼ一掃されていることが語られていました。あらゆる情報や記憶だけではなく、意識や思想や欲望なども取り込まれているメタルですが、今回は、それをかたくなに拒む存在が登場します。

ミナモちゃんが借りた「ラブ・レター」という本ですが、実に不思議な形態をとっているなあと思いました。

単に小説として読ませるだけではなく、最後に白紙の便せんを用意し、読んだ人間に、読後感からわき上がる思いを手紙として書かせ、それを想いの人に送らせる。どうしてわざわざそんな仕掛けを用意する必要があったのか?そのことを考えていくと、「ラブ・レター」の作者がなぜ電子化をかたくなに拒んだのかが浮かび上がってきます。

「ラブ・レター」に挟まっていた手紙は、波留が書いたものでありました。

それも、手紙の送り主に対する返信として、ただ一言、「この仕事が終わったら会いに行きます」と。まるでメールの返信かのような一言を、あえて手紙で、そして、それ以外の大事なことは一切触れることなく。まるで、その一言が元の手紙に対する答えとして十分であると言わんばかりです。そして、私たちは、その一言を見るだけで、かつては同僚だった彼女の元の手紙を感じることができます。またさらには、波留の一言の手紙を読んで、彼女が何を感じたのかさえも。

ミナモちゃんが言う、「手書きの手紙のほうが、書く人の想いが伝わるって言うけど、それだけじゃないんだね。受け取って読んだ人の想いまでわかるんだね。」という言葉は、まさにその通りだと思います。私たちは、波留の境遇や過去、人となりを情報として知っておりますが、そこから、波留の手紙を受け取った人物が感じたであろうことを思い浮かべることができます。その上で、波留の手紙に対して、不思議な感慨や共感、またはミナモちゃんのように涙することもできます。そう。波留にとっては、ただ少し眠っていただけ。物理時間は50年ですが、波留にとってはそうじゃない。しかし、手紙の送り主にとっては、取り返しのつかない時間が流れており、それはまた大きな事実として波留の前に横たわっています。わずかなすれ違いなのか大きなすれ違いなのか。波留の中にはまだ彼女に対する想いが残っているのか。ミナモちゃんは、それらを丸ごと身体いっぱいに受け取って、そしてただ涙します。

私が今回言いたいことは、これらの一連の出来事や想いの流れを、果たしてメタル化できるのか、ということです。

意識や欲望までがメタル化可能な世界において、情報や事実や記憶、経験などは容易にメタル化が可能でしょう。しかし、「ラブ・レター」の作者がその作品でやろうとしていたことは、そういった、想いという名の情報を、作品を読んでもらうことで蘇らせることではないと私は考えます。その記憶情報は単なるきっかけに過ぎない。むしろ重要なのは、そこから「手紙を書く」ことです。そして、想いの人と新しい対話をし、新しい時間を築いていくことです。それこそが作者の真の狙いでしょう。彼はおそらく、自分の作品を読んでもらうことそのものよりも、単に、読む側にラブ・レターを書いてもらいたかっただけなのだと思います。

そして、「ラブ・レター」の作者は、電子化された本では、それはきっとなし得ないだろうと考えたのでしょう。

なぜならば、新たにわき上がる想いや、想いに突き動かされる行動、そして新たに積み重ねられていく時間とは、確実に現実として存在していながら、極めて動的で目に見えない「かたち」であるからだと思います。仮にそれを電子化したとしても、それは静的なものに変質してしまって、その日その時その瞬間にその場にあったものとは全然別のものになってしまいます。

例えば、なぜ「手書きの手紙のほうが、書く人の想いが伝わる」のでしょう?
また、手で書いた手紙を電子化してしまえばいい話だとは、どうしてならないのでしょう?

それは、私たちが「手書きで手紙を書く」という行動に対して、その事実を知った瞬間、相手のその行動に影響されて、様々な想いが新しく生み出されるからです。そこで生まれる想いの中には、極めてプライマリな「手書きで手紙を書く」という行動でなければ絶体に生まれ得ない想いが必ず含まれており、私たちはその想いに対してとても大きな価値を感じます。だから、手書きという事実はとても大事な事となります。

またそして、その想いが生まれるためには、実際に書いた紙が目の前に存在する必要があるのです。そうでなければ「手書きで手紙を書いた」とは私たちは認識しません。また、電子データのアウトプットとは、単純にそうであったものの記録にすぎず、それは認識できる現実ではありません。私たちは、目の前の現実として存在するものにこそ、影響されうる生き物で、それが現実ではないと分かると、とたんにどうでもいいものに思えてしまう特性を持ちます。それはひとえに私たちは、常に現実に生きている動物であり、現実こそが自分の場所だと理解しているからです。そこに影響を及ぼすものは、それが現実のものだと認識される状態であるものであり、それはまさしく、手書きの手紙なのです。

最後にミナモちゃんが流した涙は、きっと、電脳化していない彼女でなければ流せなかった涙であると思います。
またそれは、「ラブ・レター」の作者にとっては、作家冥利に尽きるものでしょう。

全ては、電子化されなかった「ラブ・レター」の存在と、また、かつてその本を読み、最後のページに手紙を書き、思いを交わした男女がいたことが引き起こした事なのですから。

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ダブルスタンダード ~ 図書館戦争 第6話

図書館戦争 状況〇六「図書隊ハ発砲セズ」であります。いやあ、やっと郁がわめきちらさない回がやってきてくれて、心ゆくまで楽しめましたですよ。

以前から「本をめぐる戦闘は滑稽だ」ということを書いてきましたが、今回、小牧がまさにそのまんまなことを言いましたね。「メディア良化法も図書館の自由法もない世界の人が見たら、さぞや不思議で滑稽に見えるだろうね」と。確かにその通りです。そもそも良化法を作った者は何をどのように思想統制したくて作ったのか。そして、どうしてそれを回避できなかったのか。またなぜ、図書館の自由法なる非常にまどろっこしい方法でしか対抗できないのか。この世界が民主主義ならば、単純に法案を可決した政権を倒して、それを取り消してくれる政党に政権を与えればいいはずです。なのに、現実は、童話を守るために大の大人が銃撃戦を行っている。いくら世の中が複雑だとはいえ、これは実に滑稽きわまりません。

その上、住宅街では発砲は図書隊と良化隊の両者の協定によって禁じられているといいます。つまり、ダブルスタンダードであることの矛盾をその両者が一手に引き受けているわけですが、その上に、キチンとしたルールに基づいて、周りに迷惑がかからないところでやりましょうというわけです。その範囲内で、それぞれの法律を成立させなければならないと。これって何だか、まるで有事法制が成立する前の、私たちの国の自衛隊を見ているかのようですね。自国の防衛という重要な任務がありながら、まとまった部隊を国内で移動させるには、事あるごとに、地方自治体をはじめ様々な許可を得る必要があった。また、自衛隊の存在や活動自体も、私たちの国における、戦争放棄と自衛のための武装というダブルスタンダードを一手に引き受けているわけで、今回の一連のストーリーは、何となくそういった日本のありようにつながってくるような気がしました。

・・それにしても、「自由」を守る姿というのは、とても美しく感じられるものですね。

堂上が激昂して子供を守るために飛び出し、それがきっかけになって乱闘騒ぎになるシーンが今回は最高でした。通勤している大勢の市民があっけにとられてる前で、児童館を背にしながらいい大人たちがボカスカ殴り合ってるのですが(笑)、どういうわけか、滑稽でありながら、見てて胸にグッとくるものがありました。それは別に、子供たちを守ったからというわけではなくて、「自由に図書を読める」ということに対して、みんながやたらと真剣になっている姿にとても感じるものがあったからです。そしてその感じ方も、自分でも意外なほど無条件に心を動かされているような感覚で、今までどうもピンと来てなかった図書隊が、急に気さくで気のよい正義の味方の立ち位置に見えてきました。

私たちにとって、自由に図書が読めない世界というのは、極めて忌むべき現実だろうと思われます。しかし、別に図書に限らなくたってこの世の中には忌むべき現実はたくさんあるわけで、それに真っ向から対決して、理想の現実に変えていってくれる存在こそが、きっと、自分たちにとっての「正義の味方」となるのでしょう。

今回、私が図書隊の乱闘する姿にグッときたのは、自分がどれほどまでに理想としての現実を欲しているかのあらわれであるように思いました。そしてそれは、6話にしてようやく、この図書館戦争の世界が自分にとって受け入れられる存在になったことでもあるのでしょう。

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トランスフォーメーション! ~ マクロスF 第7話

マクロスFRONTIER第7話「ファースト・アタック」ですが・・・いや~、凄かった。本当に凄かった。全身ビリビリっすよ。

なんてったって、まずあのデストロイドモンスター!!変形だよ!変形!うひゃー。変形してモンスターになって、戦艦の表面にとりついて敵を一掃するなんてカッコよすぎるよ!!!前から大好きだったけど、25年ぶりに惚れ直した!

バルキリーも最高!アーマードの視線入力ターゲティングキター!あれでパソコンのマウスを複数操作してみてえよ!あと、フォールド通信誘導システムの子機?シモン、ヨハネ、ペテロたちの動きがゾクゾクする!あれじゃあまるで生きたファンネルみたいじゃないか!!

あと何?あのマクロスクォーターは!待ってましたのトランスフォーメーション!しかも、左腕のアイランド丸ごと背中に背負ってるじゃないですか!!凄すぎる!てか、乗員の人たち大丈夫なんか?変形と同時に心優しいオカマちゃんのボビーが、男じゃなくて「漢」に豹変して吹いた!(笑)。格好いいぞ!その上、ぶっ放したのは重量子反応砲デスヨ!往生せいやあああああ!!機動警察パトレイバーの太田功がここにもイター!


えっと。落ち着きましょう。落ち着きましょう(笑)。
さすがに7話ともなると、いろいろアドバンスされていくモノですが、今回はかなりたくさんのことが起きていました。

その中でも、とりわけ自分が一番目を見張ったのは、「フォールド通信誘導システム」です。

S.M.Sは相当にヴァジュラに対しての準備が出来ているようですが、やはりまだまだ未知の事が多いわけで、すると戦闘とは情報を得られる絶好の機会であります。戦いを通じて相手を理解し、そしてまた新しい準備を進め、一歩でも敵より先を行こうとする。異星人とその理解というモチーフは、私にとっては間違いなく「戦闘妖精・雪風」の特殊戦とジャムの関係に他なりませんが、そこで起きていたこととほぼ似たようなことが、S.M.Sとヴァジュラの間にも起こっています。

それは・・・敵も、マクロスの人々を理解しようとしているかもしれないということです。

撃墜しようと思えばあっさりできたはずのルカが捕らわれたというのは、間違いなくそのことを物語っていると思われます。その上、実に興味深いことに、ルカが捕らわれていた触手が、スカル3のフォールド通信誘導システムにしっかりと絡まっていました。そこから考えられることは一つしかありません。つまり、ヴァジュラが、フォールド通信誘導システムを逆用して、マクロスの人々の情報を収集していたであろうということです。デカルチャーエディションで登場していますが、ヴァジュラは電子戦を行える能力を持ち、無人要撃機を狂わせたり、ミサイル制御に干渉したりすることができます。ところが、フォールド通信誘導システムによって、その対策を打たれたため、ルカを直接捕獲する必要があったのではないかと思われます。ヘタをすると、ヴァジュラの母艦が出現したこと自体、その接触が目的であったのかもしれません。

また、最後にパープルの謎のバルキリー?が登場し、ルカとアルトが最後に脱出しようとした時にライフルだけを破壊しますが、それもどうやらルカとアルトを助けたわけでもなく、情報収集を継続させることが目的だったような気がします。でなければ、あの行動はあまりにも不可解です。

というわけで、マクロス側もヴァジュラを知ろうとし、ヴァジュラ側もマクロスを知ろうとしていることが起きていたわけです。その目的自体は、敵を上回ろうとしていることだけでありますが、敵を知り、そして自らをそれに合わせて変え、その結果を戦闘で相手に表現する姿は、戦いを行っているにも関わらず、まるで純粋なコミュニケーションが両者の間で行われているかのようでもあり、何だか不思議な感覚におそわれます。先に挙げた「戦闘妖精・雪風」も、実は全く同じようなテーマを含んでいた作品でした。

そうして、その中に、今回は大きく歌が絡んできました。

例によって、これは全くの妄想なのですが、アルトの窮地の際に、どういうわけかイヤリングを通じて?ランカとシェリルの歌が遙か12光年を超えて届きますが、見ている限りでは、そのイヤリング自体がどうもあのパープルのバルキリーのパイロットからシェリルがもらった物ではないかと思われるフシが見受けられます。パープルの色が、イヤリングの真ん中の色にやたらそっくりな気がするんですよね・・。そして、最後にそのパイロットが吹いたハーモニカは、実はシェリルからもらった物なのではないかと・・。そう考えていくと、妄想はどんどん膨らんでいくばかりです。

どうやらヴァジュラかもしれないパープルのバルキリーに、
歌を伝えたイヤリングとパイロットが持つハーモニカ、
そして、マクロスを知ろうとしているらしきヴァジュラ。

そこに、また何か新しい秘密を背負っているらしきランカと、シェリル、アルトのトライアングル。

それらを俯瞰していくと、ラブストーリーと、異星人と、ヴァルキリーの戦闘、そして人々の遙かな旅というマクロスFRONTIERの大きなストーリー要素が、それぞれ別々の成り立ちなのではなく、何らかの関連や影響を持ち合っていることいることが、今回のストーリーからありありと感じられました。

今後のストーリーメインラインは、ますます想像が膨らんで興味がつきませんです。


それにしても、ネット上のマクロスFRONTIERの感想ブログもとんでもないことになっていますよね。
明らかにエントリ数が莫大な量に増えていますし、TB数も回を追う毎に増えています。
私はマクロスFRONTIERの他に、ドルアーガの塔、図書館戦争、RD潜脳調査室、紅などをエントリーしていますが、マクロスFRONTIERのエントリだけがアクセス数が異常に突出していて、この作品の注目度が表れていると思いしまた。

もしかしたら、これは本当に、生の伝説になるのかもしれませんね。

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おっさんさわやか弟自重ww ~ 仮面のメイドガイ 第6話

毎回必ずコガラシの新機能が出てくる、仮面のメイドガイ・ご奉仕六「ドジッ娘メイドは振り向かない」です。

珍しく剣道部とかが出なかった回ですが、とにかく爆笑なのは弟のおかしな肉体です。なんですか?あのおっさんさわやかな表情わwww。サウナ一つであんな風になるのは、要するに肉体がコーラでできてるっつーことですよね。普段引き篭もりでしたっけ?きっとエロゲーやりながら延々とコーラを飲み続けてるのでしょうw。

あと、今回は、フブキさんが病気になって、毒弁当をあこがれのセンパイに食わせたトラウマを持つというなえかが大ハッスルわけですけど、まあここまで来ると、ドジッ娘メイドじゃなくて、鬼ッ娘メイドですよねwww。

作るモノはことごとく毒化され、その成果物として台所は荒れ放題、そして、何か持ってくるといちいちつまずく。見てて、ギャグを通り越してマジでイライラしてきましたw。ある意味お前は「女メイドガイ」だろうとww。

ついでにイライラする理由をマジメに考えてみると、なえかの看護の行動自体が、完全な自己満足であるせいですよね。フブキの体調が本当によくなることよりも、自分が看護できることが何よりもうれしい。だから、自分が作るモノが毒であるとかそういうことは関係ないし、むしろ治ってしまうと困るわけです。まさに欺瞞の善意。なえかにとっての看護の元ネタは母親の病気であり、それが発現していることなのでしょうが、むしろ、そういった欺瞞の善意による行動自体が、いかにも母親的であるように思われて面白いです。いわゆる「あなたのためを思ってこうしてるのよ」ってヤツですね。相手の目的の達成よりも、自分が行う過程の方が大事。

でももうちょっと考えると、なえかには、母親に対して甘えたい気持ちがまだたくさん残ってるってことかもしれませんね。
それでも、大迷惑極まりないのは全くもって変わらないのですが。

ドジッ娘メイドの・・・誕生だあぁぁぁ!

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クーパはスーパーサーバント ~ ドルアーガの塔 第6話

ケンカするほど仲がいいといいましょうか。ドルアーガの塔 第6話「雷光の架け橋」です。

少し関係ないですが、最近NHKの大河ドラマ「篤姫」を見ていて、姫様が姫様たる所以は、まず周囲に仕える人間たちが、様々な格式やしきたりをもって姫様を姫様として取り扱うことにあるということを感じました。それをドルアーガで見てみると、メルトが元貴族であり続けられるのは、ひとえにクーパがメルトを元貴族として扱う振る舞いを怠らないからなのでしょう。そしてそれは持ちつ持たれつの関係にあり、どちらか一方が欠けていては成立いたしません。つまりクーパが従者であり続けられるのは、メルトがいてこそであり、両者を繋ぐ関係性において、ステータスの高い低いが作られています。まあですから、クーパが今回家出したのはいわゆるおしおきであり、また、自分のよりどころの確認でもあるわけです。で、事実、最後にはそのようなことになります。

以前から不思議に思っていたのですが、このクーパが画面に出てくると、急にシーンの軸がしっかりするんですよね。単純にCVの茅原実里さんのお芝居が上手いってこともあると思うのですが、なんだかそれだけではないと思われます。何というか、こう、パーティの中で一番地に足がついていて、目的も行動も最も単純で切実でしっかりしていることが、彼女の強い存在感を形作っている気がします。

考えてみると、クーパ以外の全員は、登頂者たる目的がいまいちはっきりしないんですよね。ジルも一番分かりやすそうな感じですが、実際のところは、なぜドルアーガを倒して栄誉を手にしたいか、ということは不明です。その点クーパは、メルトに仕えるという目的がはっきりと存在していて、さらにそれを遂行するためにのみ行動しています。だから、そう、最もこの世界の現実に近く、最もこの世界の生活感を身にまとった存在であり、そのために、彼女がシーンに登場すると、土台が急にしっかりしたようなイメージなるのだと思います。

今回は、クーパと同じくらいの年の、居留地に生きる子供が登場しますが、彼に何と言われようとも、クーパは断然大人に見えますよね。それは、単にクーパが何でもできる偉い子だからではなくて、クーパの育ちがそれを物語っていると思います。10歳という若さで、一人でもきちんと主人に仕え続けることが出来るのは、相当しっかりした家の生まれであることが推察されます。普通なら遊びたい盛りですし、なぜメルトに仕えなければならないのかという目的のブレが起きてもいいと思いますが、まずそうなる雰囲気はありません。その上、その目的を強固にするために今回のような家出をしたりするほどです。もしかしたら従者の中でもそうとうエリートなんではないでしょうか。もともとメルトの家に仕える家柄だそうですが、いったいどのような教育をしたのか、ちょっと見てみたい気がしますね。

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ガンダムにGacktの曲は似合わない

いろいろ体調崩したりして、エントリーをがっつり書けないフラストレーションがたまってる今週です。

まあ体調悪くて仕事休んでるのをいいことに、氷枕をあてて寝ながら、延々とコードギアス全25話+R2最新6話をコンプリートしたりしてるんですが(笑)。
おかげで頭の思考言語が「貴様には似合わぬバグだな」とか(笑)、すっかりルルーシュ調になってて、自分でも笑えます。いや、ギアスは絵が好きじゃなかったんですが、食わず嫌いを克服してちゃんとみたらすんごく面白かったです。

そんな中で久々に聞いたのがこれでした。
ガンダムの作品群の中で一番好きな曲。やっぱ森口博子はいいですね。

やはり、ガンダムって女性の歌が必要だと思うのですよ。
アムロとシャアをつなぎ留めたのもララァという存在だったし・・・表立ってではないんだけれど、必ず後ろの方には女性の力が宿ってて初めてガンダムだって言える気がします。

少なくとも自分の中では、Gacktの歌じゃないことだけは間違いない。

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劇団四畳半(笑) ~ 紅 kure-nai 第6話

いつも何だかホッとする空気が流れる、紅 kure-nai 第6話「貴方の頭上に光が輝くでしょう」です。

えっと、わたくしスナドリは、実は即興演劇(インプロ)を志すものでして、毎週毎週その稽古に励み、また時にはささやかながらショーなどにも出てたりするのですが、まさかアニメでそのようなシーンがでてくるとは思いませんでした。まあ実際のところは、もちろん台本があって声優が芝居していますから純粋な即興ではないのですが、シーンの中で、「即興表現的」といえばいいですかね、そんなようなものが展開されてとっても興味深く、また新鮮に見ていました。

五月雨荘の面々って、そろいもそろってマイペースな人々なので、演劇みたいな事はめんどうくさがるかと思いきや、どういうわけかやる気満々なのが以外でした。台本を勝手に変更した上に、続きもドンドン勝手に即興で作っていって、いったい何時間あの部屋で演じていたことなのやら(笑)。みんなよっぽど楽しかったのでしょうね。後半はほとんど歌と芝居で埋め尽くされていましたし。

なんだか、こうしてみると、紅ってこういう作品なんだなあと改めて実感しました。
ミュージカルのような表現がとても似合う、まるで群像劇に近いような雰囲気。昔、実写版の「めぞん一刻」でミュージカルシーンがありませんでしたっけ?なんかそれと似たような印象を感じています。

登場人物それぞれの性格や立場や思い、生活がキチンと存在していて、それが人物間で反応し合いながら、時折、その純粋な姿を垣間見せる。その形がとってもシンプルなので、ダイレクトにこちらの気持ちにも反応してきます。

普段の日常生活のシーンでは、当然ながらそのように純粋な姿は垣間見せることしかできませんし、年齢や性格や立場によって、関係が決まるために、みんな本当のことはまず言いません。ところが、このミュージカルは、役を演じることで、その垣根が虚構となり、その上に即興でシーンを作ったものですから、余計に役に自分の気持ちをダイレクトに乗せることができ、また受け取る方も普段の関係を超えて、キチンと受け取ることができているように思いました。だから、真九郎目線で、普段は立場的に比べる対象にもなっていない紫ちゃんと夕乃が、ミュージカルシーンでは、面白いことに、真九郎を挟んでキチンと並列に存在しています。子供と高校生ではその恋心は同じ土俵には乗りませんが、ジェニファーとマーガレットとしては、しっかりぶつかり合っており、その様がこちらにグッと迫ってきます。

音楽と歌がとってもいいこともありますが、そんな二人の何の飾りもない等身大の気持ちが劇中劇を演じる中に素直に表れていて、見ていてとっても切ないようなあったかいような、何とも言えない気持ちにさせられました。そしてそんな気持ちをアニメーション作品から感じるというのは、とても希なことであって、そのことからも、この「紅 kure-nai」という作品は、ああ、「こういう作品」なのだなあ、と改めて感じた次第であります。

ストーリー的には何にも進んでないのですが、とっても見所があり、心ゆくまでこの世界が持つ暖かさを感じた回だったと思います。

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マクロスクォーター! ~ マクロスF 第6話

いきなりオリコン3位にランクインした、ダイヤモンド・クレバス/射手座☆午後九時 Don't be lateのCDはすでに購入済みですヨ!(笑)。マクロスFRONTIER第6話「バイバイ・シェリル」です。

いやあ~。今回のラストは身体にビリビリときましたよ。シビレた~。
「ダイヤモンド・クレバス」の曲にオーバーラップしたマクロスクォーターの出撃シーン。それも歌詞が「It's long long good-bye...」なのです。シェリルが歌い、ランカが宇宙(そら(笑))を見上げたその時、男たちは瞬く間に旅に出てしまい、あとにはフォールドの光が残るだけなのです。

それにしてもですよ!まさか、マクロス“クォーター”とは!100の4分の1は「25」(周年)で、それで「クォーター」なのでしょうか・・・!いやはや、そんな細かいところにもいちいち感じ入ってしまいます。

めでたく事務所のスカウトを受けたランカですが、その顔はイマイチ明るくなく、そして、全銀河のトップアイドルであるシェリルも、めずらしく弱気な面をさらけ出します。きっとそれは、あの赤い生物が「バジュラ」として呼称され、マクロスフロンティアに生きる人々の共通の敵として、はっきりと認識されたからなのでしょう。最初にアルトも含めて3人がバジュラを前にしてシェルターに閉じこめられた時は、バジュラそのもののよりも、自らの枠組みが崩壊することを恐れていましたが、今回のシーンでは、二人とも漫然とした何とも言えない不安を表情に出しています。それは、自分の人生や生活が、より大きな存在によって否応なしに変えられていく事への正直な恐れでありましょう。

また、アルトと急接近したシェリルですが、きっとこれまで孤独だったのでしょうね。もちろん周囲にはスタッフなど人はたくさんいると思いますが、「シェリル・ノーム」とはやはり完全に自己と一致した存在ではないのでしょう。最初に登場した頃に見せた高慢ちきぶりは、行く先々であらゆる人に自分をシェリルとして無理にでも扱わせるための言動で、要するに、常に商売モードがオンになりっぱなしなわけです。
そういう風に見ると、シェリルをシェリルとして扱わないアルトという存在は、彼女にとって全てをオフにすることができる唯一の場所で、だからこそ彼のことをよっぽど気に入ったのだと思います。誰の目にも明らかだと思いますが、イヤリングをアルトに預けたのは、彼との繋がりがそこで絶たれてしまうのを恐れたからです。それを返されてしまった場合、その後はトップアイドルが一般人にわざわざ会うことの大義名分がなくなってしまいますからね。

なんだか、今回は、そんなシェリルがとっても可愛らしいと思いました。

一方のランカのほうはどんどん闘うためのハードルが高くなってきています。
彼女の歌とバジュラとの関係の謎もそうですが、ナナセが口走った「打倒シェリル」は、そう目の前で言われてしまったことによってより現実味を帯びてきていますし、その上、アルトとシェリルの接近ぶりも、アルトがそのことを口にしなかったことによって重大な問題になり、またさらには、それまで彼女を守ってくれていたオズマも、アルトを連れてフォールドの光の先へ行ってしまいました。せっかくスカウトを勝ち取ったのに、そんな風にアルトとの関係を断ち切られては、うれしさも半減でしょう。そしてそれは、彼女にとって歌を歌うことが、まだ自立した形になっていないことのあらわれです。

ここから先、ランカは、本当に一人で闘わなければなりません。
それは、シェリルも、そしてアルトもまた同様です。
そのきっかけを作り出したのは、全て「バジュラ」という名の敵です。

歌うシェリル、見上げるランカ、旅立つアルト、そして迫り来るバジュラ。
その完成した構図が、見事に今回のラストシーンで描かれており、心が動かさずにはいられない幕切れでした。

次回は、「ファースト・アタック」。
これから、若者たちの戦いが始まります。

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親と甘えと ~ 図書館戦争 第5話

とうとう原作読みました。が、小説は小説、アニメはアニメです。図書館戦争 状況〇五「両親攪乱作戦」です。

まあ、何というか、この娘にしてこの親か、という回でしたね。特に身長まで似ている母親。子離れしていないどころか、未だに郁と自分を同一視する態度をあからさまに表に出しており、間違いなく、郁の甘えた性格の原因になっていると思われます。親の側が子供を同一視することを止め、子供が自分とは異なる存在であることを認めなければ、子の側も親を同一視することを止めることができません。郁がのべつまくなしに周りに感情をばらまくのは、あきらかに甘えであり、それはその親との存在の別離の大部分を未だ精神に残しているためです。

それにしても、今回の郁は、いつも以上に感情をばらまきまくってましたね。驚く、わめく、すねる、騒ぐ、怒る、そして泣く。いちいちそんなに過剰に反応して、よくストレスにならないなと思います。むしろそうすることそのものがエネルギーになっているような雰囲気でした。周りのみんなもよく面白がって受け入れられるなあと。職場の人間関係としては大変な存在だと思います。

振り返ってみると、今回の親関係の一件で、シフト変更から、友人、同僚、上司に至るまでことごとく協力させ、迷惑をかけ、そして、問題の本質は最後まで未解決。父親は黙認していますが、戦闘任務の様子を見てもそれを維持できるかは甚だ疑問です。このまま親の了解を得ないまま、もしも郁が戦闘で重傷を負ったり、殉職したりしたら、一体どういう事になるのでしょうかね?特に母親は、すさまじい憎悪を図書隊に向けることでしょう。でも、そんなことにも想像をめぐらさないまま、本人はただただ泣いて見送るだけです。

一つ気になったのは、母親が読みたい本の貸し出しを妨害するシーンでした。
郁は事もあろうに図書を隠そうとしますが、堂上が図書館の自由に関する宣言を確認させて、いったんは戻すものの、しかし、その後も別の図書を差し出して母親の気を次々とそらします。図書自体は利用可能であったとしても、その行動と目的は、図書館の自由を侵していることには変わりないことではないですかね?どうもその一連の行動は最後まで腑に落ちませんでした。郁にとって親の問題は確かに重大なのでしょうが、母親だって利用者です。自分の都合のために図書館の自由を侵していいというのは、図書隊に入隊したいという動機が転倒してしまっているように思えました。まあ元から、例の王子様は郁の自己都合で美化されまくっているのでしょうが、図書隊の任務についても、その自己都合の前ではどうでもよいというのは、いくら若気の至りといっても、ちょっと私には納得がいきませんでした。

ストーリーとしては、そんな郁を育んでくれる家族的な図書隊とその仲間たち、そして親との和解の第一歩を得ることが出来た郁と、ようやく郁の本質に目を向け始めた親という構図で、さわやかな若者たちのドラマといった体です。しかし、私はどうも、図書隊の担う任務と、その成り立ちを背景とした世界を前にして、どうしてもこのストーリーに青春めいた雰囲気を感じることができません。

ここまで見て一つ思い出したのが、機動警察パトレイバーの特車2課です。
彼らは、専門学校上がりの半端物の寄せ集めで、レイバー狂いの女子に、拳銃狂いの問題警官、親への反抗も込みで入隊した者なんかがいて、それぞれに自己都合を出しまくります(笑)。ところが彼らは、どんなに重要な自己都合であろうとも、警察用レイバーが必要とされていることの目的を決してねじ曲げたりはしませんでした。それどころか、自己都合を出しまくりつつも、徐々にその自分の目的と組織の目的を一致させる方向を模索し、何度も転びながらそれを受け入れ、チームとして成長していきます。後藤隊長の大人なキャラクターによるところがもちろん大きいとはいえ、まさに青春ドラマだと思います。

しかしこの作品は、どうにもこうにも郁一人のために全ての理屈が動いているような気がどうしてもしてしまいます。ここまでサポートされていながら、どこが「みんな同じ条件」なのかと言いたい。彼女がギャースと叫ぶ度に、うんざりするような気持ちにさせられるばかりです。

まあ一応ここまでで彼女が持つほとんど全ての背景が出尽くしたようなので、次からはもう少し何か進展するのかもしれませんが、正直、しばらくの間は郁自身にはあんまり期待していません。それよりも、とにかくどんどん事件が起きていってほしい感じです。

結局のところ、私が郁の事を嫌いだなだけなのではと言われれば、確かにそれまでなのですが(笑)。

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関節だけはイヤンw ~ RD潜脳調査室 第5話

RD潜脳調査室、第5話「スーマラン item」ですが・・・関節はいやああぁぁ!(笑)。しかも股関節までー!
あの音がすんごくイヤでした(笑)。

前回は、電脳と言えばエロスでしたが、今回は、電脳といえばバーチャル、バーチャルといえばやはり格闘です。

映画のマトリックスを観た時、きっと誰もが、ネオが電脳空間で初めて格闘するシーンに、何とも言えない憧れを感じたのではないでしょうか?肉体とは、私たちにとって常に精神の牢獄のようなものであります。精神が望んでいるイメージの肉体と、現実のそれは常にズレが存在し、それは、どんなに減量したり、身体を鍛えたりしても、疲労や、故障、生活習慣の変化、また加齢などで、100%完全に理想と一致することはあり得ません。そのことから、マトリックスに登場するするような、バーチャルとはいえ、あれほど自由に操れる肉体というのは、きっと誰にとっても見果てぬ夢なのだと思います。

義体化という技術が発達した場合に、真っ先に身体能力の拡張が登場するのは、そのように、精神のイメージと現実の肉体に必ずズレがあることが背景なのかもしれません。攻殻機動隊では、それが豊かな形で表現されていましたが、このRD潜脳調査室では、今のところ、なぜか比較的地味な形態で表現されています。

たとえば、初回でソウタと格闘したホロンは、身のこなしやスピード、パワーは確かにありますが、今回のアイアン・シュバルツの戦闘では意外な脆さが見受けられ、攻殻機動隊でよく見られるような圧倒的で常軌を逸したような身体能力までは実装されていないようです。またソウタの方も、義体化による戦闘能力の向上ではなく、あくまで生身での格闘技術の研究にこだわっている様子で、アンドロイドあるホロンとの格闘に関する議論では、生身でない者の言葉に多少なりともイライラしているようでした。

ここまでのお話での全体的な人工島の雰囲気を見る限りでは、RDにおける高度に抽象化された電脳社会では、どうやらあくまで基本はメタリアルネットワークであって、現実世界については、外科手術を必要としない電脳化と同様に、あまり素の状態から逸脱することを求めない価値観であるようです。

今回登場する、「実践型格闘コミュニティ」なんかは、その価値観の表現系でありましょう。それは、メタルアバターを使っての異種格闘技戦コミュで、義体化していないソウタはそこで腕を磨いているとのことですが、特殊なソフトウェアによる戦闘能力の拡張なども使用せず、メタル内とはいえ自らが持つ力だけで闘い、あくまで生身にこだわるというのは、その格闘が基本的には精神的な活動であることを意味しているように思えます。むしろ、義体化という文明が発達したことによって、格闘はより文化的な存在として特化していき、そこにメタルが生まれたことによって、よりその傾向が強まってコミュニティに発展したのかもしれませんね。ソウタが話していたクロガネシンカイなる人物が作った「都市型格闘術」というのも、その文化の一つなのでありましょう。

そういえば、今回、直感少女ミナモちゃんも、妙にいい動きでしたね(笑)。アイアン・シュバルツ相手にスーマランを取り合うシーンなんかは、目を見張るものがありました。これまた何かの小さな伏線なのかもです。

ところで、前回、「ミナモちゃんが波留のために一生懸命動く動機が見えない」というようなことを書きましたが、この人物像、どっかで一度見たことがあるなあと思っていたら、「老人Z」に登場する、看護師の三橋晴子さんを思い出しました。彼女が、高沢老人に対して無条件に献身的に尽くす姿が、ミナモちゃんの雰囲気にとてもよく似ています。もっとも、高沢老人の場合は、晴子さんに対してどのような気持ちだったのかは定かではなく、逆に波留の方は、ミナモちゃんに無条件の信頼を寄せているところが大きく異なるのですが。

それにしてもなぜこの二人がこうも引き寄せられているのかは、全く不明ですよね。
ラストのソウタの表情は、私も全く同感でありますです。(笑)。

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仕置くぞ貴様! ~ 仮面のメイドガイ 第5話

前回登場したリズちゃんは、声が初音ミクの人だったのですね。仮面のメイドガイ・ご奉仕五「メイド忍法 女子高生の術」であります。

なんだか、富士原なえかという主人公は、財産相続がらみの敵に狙われているというよりも、単に牛乳娘として狙われているのではないかと勘違いしたくなりますが、ようやく今回から敵という名のメイド忍者wwwが本格的に動き出します。

しっかし、この作品に登場するメイドたちはみんな基本的にマジメでド天然な気がするんですが、新しく登場したツララも、バレバレの女子高生姿で学校に乗り込み、本人の絶大な自信とは裏腹に、見事に撃沈します。

あと、このツララ、のっけからやたらと態度がデカくて、ご主人であるリズに対しても割と高圧的に指示をするのですが、その雰囲気が、最近篤姫で活躍している老女・幾島的な立ち位置と重なって見えました。「忍者」たるメイドゆえの雰囲気なのでしょうかね。あー、あとリズの本家の雰囲気が伝わってくるのかもです。それにしても、リズは洋風な立ち振る舞いなのに、メイドたちは忍者で、妙なちぐはぐさが面白いです。自宅はまるで秘密基地ですしねwww。

さて、今回のメイドガイ、「メイドガイは、民間人には手を出さん」と言ってまして、「メイド」という職種は民間人でないwことが分かりました。それを裏付けるように、七色のメイドガイ・ボイスを発動するハッキング技は、まるでバトルプログラマーシラセ(最近ハマってるんスよw)を彷彿とさせるものでしたが、最後は・・・正直、バケモノでしたね。これまでの超絶能力はまだ現実味?がありましたけど、今回のは、よりにもよって触手ですよ触手!これはもう、本当に人間ではない存在なのかと・・・。

なえかのこれからのストーリーそのものよりも、メイドガイ・コガラシ自身の秘密の方が見たくて仕方ないんですが・・・。

あ。多くの人が言ってますが、自分もメイドガイバッジは欲しいです♪

貴様もこのメイドガイの技を・・・受けてみろぉ!

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ローパー音頭♪ ~ ドルアーガの塔 第5話

ようやくパーティのとしてのチームワークが出来上がりつつある、ドルアーガの塔「ジウスドラの罠」です。

今回は、ちょいと中入りなお話でした。

ジウスドラという魔術師の実験場跡がなぜか塔内にあり、その人物が作った魔法装置が散乱していて、踏んづける度に何かに変身させられるという罠が登場します。のっけからドアラそっくりな着ぐるみが出てきて吹いたのですが(笑)、このネタ、どっかで似たようなモノを見たような記憶があるなー、と思ってたら、内容は若干異なりますが、「敵は海賊」シリーズ(知ってます?)の「敵は海賊・猫たちの饗宴」に登場する、人間もコンピューターもみんな猫に変身させてしまうという「CATシステム」でした。まあこっちの方は、見た目そのものだけではなく、中身もおかしくなってしまうので、もっと恐ろしいモノでありますが。

しかし、魔術師の実験場があるということは、塔内を住処にしているという恐ろしい輩が他にもいそうですね。

それにしても、メルトの戯れに対するルーパのマジ切れっぷりが面白すぎました。メルトへの好意もそうですが、男子そのものに対する勝手なイメージがあるみたいですね(笑)。なんか、このパーティって、不思議にこのルーパがいることでチームのとしての形ができている気がします。理由は全然分からないのですが、最初に登場してからずっと、ルーパがみんなを動かす空気を作り出しているように感じてました。

最後のローパー音頭で、子供時代のジルとニーバ、そして父親が登場し、ローパー音頭は、正式にはジルだけに伝えられたらしいことが明らかになります。ジルとニーバは兄弟なのに、最初から明らかに立ち位置が違いすぎてますが、その辺のことにこれから繋がってきそうな感じですね。

個人的には、長い旅になるそうなお話ですし、どんどんストーリーのアクセルを踏んでいって欲しいです。

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生きる道と運命と ~ マクロスF 第5話

あんなにスターがほいほい外に出歩いてていいのかと(笑)。マクロスFRONTIER「スター・デイト」です。

まあ大事なイヤリングを探すこととはいえ、自意識過剰なシェリルとしては、アルトのようなキレイどころを連れて歩くのは、とても楽しいことなのでしょう。あれほどまでにステータスを意識する人が、いくら都合があるとはいえ、いわゆる「一般人」と共に街中を歩くのは、よっぽどのことだと思われます。

冒頭のナレーションが示すように、この二人と、オズマに対する宣戦布告から家出?をしたランカが外を歩いてくれることで、フロンティアの世界が一気に俯瞰され、今回はその豊かさと美しさに心を動かされました。なんだか、地球の中でも最も美しい街と自然を抽出して作ったような世界に思えました。まるで、そういう世界を作らなければ、暗い宇宙の中、果てしない距離を旅することができないと言わんばかりです。

また、フロンティアの世界における食料自給については、以前からかなり興味を持っていたのですが、ま・さ・か、ゼントランとして牧畜を行っているとは夢にも思いませんでした。なんですか!あのトリケラトプスみたいな大きさの牛(?)は!しかも超カワイイじゃないですか!(笑)。いったいマイクローンサイズでどれだけの量の肉と牛乳が取れるんですかね・・・!?というか、ゼントランサイズの生き物は、マイクローンの食事としての互換性があるのでしょうか?もしも、細胞のサイズそのものが大きければ、そのままだとマイクローンは食べることが出来ないような気がするのですが・・・。考えれば考えるほど、その共存世界についての想像が広がります。

さて、前回はアルトが自分が生きる世界のとっかかりを掴みますが、今回は、ランカがそれに再度挑みます。

まあ、たきつけたのはミハエルで、彼が言うところの、オズマへの甘えだとか、彼がどんな気持ちで戦っているか知ろうともしないとか言うのは分かるのですが、実際のところ、それはランカから見た場合でもお互い様なわけです。ランカが自分自身の生きる世界を掴もうとするのは、ランカの都合であり、それを認めようとしないのはオズマの都合。だからこそ、戦う必要があるわけで、ランカは街頭で歌を歌って、人々の足を止めて見せなければなりません。余談ですが、アルトの時もランカの時も、まず乗り越える壁を作ってくれるのはミハエルで